東京高等裁判所 平成2年(行ケ)283号 判決 1993年4月20日
石川県金沢市大豆田本町甲五八番地
原告
渋谷工業株式会社
右代表者代表取締役
澁谷弘利
右訴訟代理人弁理士
神崎真一郎
東京都千代田区霞が関三丁目四番三号
被告
特許庁長官 麻生渡
右指定代理人
番場得造
同
舟田典秀
同
中村友之
同
長澤正夫
主文
特許庁が昭和六一年審判第八五六九号事件について平成二年九月二〇日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 原告
主文と同旨の判決
二 被告
「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決
第二 請求の原因
一 特許庁における手続の経緯
原告は、昭和五八年二月七日、名称を「レーザ加工機の加工テーブル」とする考案(以下「本願考案」という。)につき実用新案登録出願(昭和五八年実用新案登録願第一六四四一号)をしたが、昭和六一年二月一四日、拒絶査定を受けたので、同年四月二四日、審判の請求をし、昭和六一年審判第八五六九号事件として審理された結果、平成二年九月二〇日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は、同年一一月二八日、原告に送達された。
二 本願考案の要旨
被加工物を支持する支持部材を備え、この支持部材上に載置した被加工物にレーザ光線を照射してレーザ加工を施すレーザ加工機の加工テーブルにおいて、上記加工テーブルに回転部材を回転自在に軸支するとともに、この回転部材に上記加工物を搬送可能なボールを設け、さらに上記回転部材を、上記ボールが支持部材より上方に突出する第一回転位置と、上記ボールが支持部材より下方位置となり、かつそのボールが該回転部材によつてレーザ光線の照射から遮蔽される第二回転位置とに回転移動させる回転駆動手段を設けたことを特徴とするレーザ加工機の加工テーブル(別紙図面一参照)
三 審決の理由の要点
1 本願考案の要旨は、前項記載のとおりである。
2 昭和五四年実用新案登録願第八九〇七二号(昭和五六年実用新案出願公開第一二五二六号公報)の願書に最初に添付した明細書及び図面の内容を撮影したマイクロフイルム(昭和五六年二月三日特許庁発行、以下「引用例」という。)には、「ワークWを支持するワーク支持テーブル7に、ワークWを吸着固定自在のワーク吸着装置9を設け、前記ワークWの移送時にワークWを支持するボールキヤスタ17よりなる減摩装置15を、前記ワーク吸着装置9の上部に対して、支持アーム23の揺動によつて上下方向に揺動する揺動体19により出没自在に前記ワーク支持テーブル7に設けてなる材料支持装置」(別紙図面二参照)が記載されている。
3 そこで、本願考案と引用例記載の考案とを対比すると、引用例記載の考案のワーク吸着固定装置9は、ワークWすなわち被加工物を載置し支持するものであつて、本願考案の支持部材に、また、ボールキヤスタ17は、ワークWの搬送時にワークWを載置し支持するものであつてボールにそれぞれ相当し、そして、両者共に、ボールないしボールキヤスタ17が支持部材ないしワーク吸着固定装置9より上方に突出する第一の位置と、ボールないしボールキヤスタ17が支持部材ないしワーク吸着固定装置9より下方となる第二の位置とにボールないしボールキヤスタ17を移動させる手段を備えているものである点で一致し、次の点で一応両者は相違するものと認める。
(一) 本願考案は、ボールを前記の第一の位置と第二の位置に移動させるのに、ボールを設けた回転部材を備え、該回転部材を加工テーブルに回転自在に軸支して回転移動させているのに対し、引用例記載の考案は、ボールキヤスタ17を前記の第一の位置と第二の位置に移動させるのに、支持アーム23の揺動によつて上下方向に揺動する揺動体19によつて行つている点
(二) 本願考案は、第二の位置がレーザ光線の照射から遮蔽される位置であるのに対し、引用例には、第二の位置についてそのような記載がない点
(三) 本願考案は、レーザ加工機の加工テーブルに係る考案であるのに対し、引用例記載の考案は、用途を特に限定していない点
4 よつて、前記の相違点につき検討する。
まず相違点(一)であるが、本願考案において、ボールを上下させるのに前記構成を採つたからといつて、引用例記載の考案の場合に比べ、作用効果上、特に差異を生じるものと認められず、また、その構成自体、別に新規なものでないので、相違点(一)は、設計変更としてきわめて容易になし得たことと認める。
次に、相違点(二)であるが、レーザ光線の照射から遮断される位置といつても、具体的にどの位置か構成上の限定はなく、レーザ光線が照射されると不都合が生じるのであれば、照射されない位置にボールを移動させればよいだけのことであつて、相違点(二)も設計上の問題にすぎないことと認める。
更に、相違点(三)であるが、その余の構成において格別差異がない以上、単なる用途の限定にすぎないことと認める。
5 以上のとおり、本願考案は、引用例記載の考案に基づいて当業者がきわめて容易に考案をすることができたものであるから、実用新案法三条二項の規定により実用新案登録を受けることができない。
四 審決の取消事由
審決の本願考案の要旨、引用例の記載事項、本願考案と引用例記載の考案との一致点及び相違点の認定は認めるが、相違点に対する判断は争う。
審決は、本願考案の技術内容の認定を誤つて相違点に対する判断を誤り、もつて本願考案の進歩性を否定したもので、違法であるから、取り消されるべきである。
1 取消事由(一)-相違点(一)に対する判断の誤り
審決は、相違点(一)に対して、本願考案が相違点(一)に係る構成を採つたからといつて、引用例記載の考案に比し作用効果上格別の差異はなく、またその構成自体新規なものではないとして、相違点(一)は、設計変更としてきわめて容易になし得たことと認めると判断している。
本願考案の「上記回転部材を、上記ボールが支持部材より上方に突出する第一回転位置と、上記ボールが支持部材より下方位置となり、かつそのボールが該回転部材によつてレーザ光線の照射から遮蔽される第二回転位置とに回転移動させる回転駆動手段」は、回転部材が第一回転位置から第二回転位置に回転移動されて、レーザ光線のボールへの照射が回転部材自体によつて遮蔽されてボールが損傷することを防止するような回転駆動手段のことである。
本願考案は右のようにボールを設けた回転部材を回転させ、回転部材自体によつてレーザ光線を遮蔽するようにしたことから、本願明細書に記載されたように「ボールによつて被加工物を容易に加工テーブル上に搬入することができるとともに、レーザ加工時にはそのボールがレーザ光線によつて損傷されるのを防止でき、さらに被加工物が重量物の場合であつても、ボールを大きく昇降させるようにした昇降機構に比べて、上記回転駆動手段を小型で安価なものとすることができるという効果が得られる。また、レーザ加工時に溶融金属片が飛散されてもそれがボールに付着することを防止できるので、その付着によりボールの回転が阻害されるといつた事態が発生することも防止できる。」(昭和六一年五月二三日付手続補正書三頁下から二行ないし四頁一二行)という作用効果を奏するものである。
一方、引用例記載の考案においては、ボールキヤスタ17が、その第2図の実線で示されたワーク吸着固定装置9よりも上方の位置(第一の位置)と、一点鎖線で示されたワーク吸着固定装置9より下方の位置(第二の位置)とに移動される構成を有しているにすぎない。
このような構成においては、ボールキヤスタ17は単に上下動されるだけなので、レーザ加工の加工テーブルに用いた場合には、レーザ加工時に被加工物を貫通したレーザ光線が前記ボールキヤスタ17に照射されてこれを損傷させる危険性がある。
そして、引用例記載の考案においては、支持アーム23の揺動に追従させて揺動体19を揺動させているので、揺動体19の揺動角度を大きくするような変更は困難であり、レーザ光線が照射されない位置にボールキヤスタ17を移動させることは困難である。
これからすると、本願考案の作用効果のうち、特にレーザ加工時にボールがレーザ光線によつて損傷されるのを防止できるという点、レーザ加工時に溶融金属片が飛散されてもそれがボールに付着することを防止できる点、更に被加工物が重量物の場合であつても、ボールを大きく昇降させるようにした昇降機構に比べて、回転駆動手段を小型で安価なものとすることができる点は、引用例には全く記載のない、本願考案独自の作用効果である。
しかるに、審決は、相違点(一)は設計変更としてきわめて容易になし得たことと判断したものであり、誤りである。
2 取消事由(二)-相違点(二)に対する判断の誤り
審決は、相違点(二)に対し、第二の位置がレーザ光線の照射から遮断される位置といつても、具体的にどの位置か構成上の限定はなく、レーザ光線が照射されると不部合が生じるのであれば、照射されない位置にボールを移動させればよいだけのことであつて、相違点(二)は設計上の問題にすぎないと判断している。
しかし、本願考案の実用新案登録請求の範囲の記載によれば、回転部材は、回転駆動手段によつて第一回転位置と第二回転位置とに回転移動されるようになつており、その第二回転位置において、ボールが回転部材によつてレーザ光線の照射から遮蔽されることになるのである。
その第二回転位置は、本願明細書に実施例として記載されているように、一般的にはボールが鉛直下方に向く位置となるが、ボールが回転部材によつてレーザ光線から遮蔽される位置であれば、必ずしも鉛直下方でなくてもよいものである。
このように、本願考案においては、第二の位置(第二回転位置)について構成上の限定がされているのに、審決が右位置の限定がないとして、相違点(二)は設計上の問題にすぎないと判断したのは、誤りである。
3 取消事由(三)-相違点(三)に対する判断の誤り
審決は、相違点(三)に対し、本願考案と引用例記載の考案とは用途以外の構成において格別差異はないとして、本願考案がレーザ加工機の加工テーブルに係るものであることは、単なる用途の限定にすぎないと判断する。
しかし、本願考案と引用例記載の考案とで構成に差異があることは前1、2で主張したとおりであり、引用例記載の考案の加工テーブルをレーザ加工機に用いた場合には、レーザ加工時に被加工物を貫通したレーザ光線がボールキヤスタに照射されてこれを損傷させる危険性があり、本願考案は、そのような欠点を解消したものであるから、本願考案は、単に引用例記載の考案の加工テーブルの用途をレーザ加工機の加工テーブルに限定したものではない。
よつて、審決の相違点(三)に対する判断は誤りである。
第三 請求の原因に対する認否及び被告の主張
一 請求の原因一ないし三は認める。
二 同四は争う。審決の認定、判断は正当であり、審決に原告主張の違法はない。
1 取消事由(一)について
原告は、引用例記載の考案をレーザ加工機の加工テーブルに用いた場合、レーザ加工時に被加工物を貫通したレーザ光線がボールキヤスタ17に照射されてこれを損傷させる危険性がある等主張する。
しかし、これは引用例の図面に示された引用例記載の考案の一実施例に基づくものであり、妥当ではない。
引用例記載の考案は、加工の内容に応じて、ボールを設ける揺動体19、被加工物を支持するワーク吸着固定装置9及び支持アーム23のそれぞれの長さや支点等の形状、構造やそれら相互の配置関係あるいはボールに対するそれらの寸法や配置関係を適宜選択することが可能であるから、レーザ加工機に適用するに当たり、レーザ光線の照射態様を考慮して(ボールにレーザ光線が照射されてボールが損傷する等の不都合等も当然考慮される事項である。)、それらの寸法や形状、構造、配置関係等を適宜選択し、レーザ光線が照射されない位置にボールを揺動させることは、当業者がきわめて容易になす設計事項である。
また、原告は、本願考案はボールを設けた回転部材を回転駆動手段で回転させるようにしているので、被加工物が重量物の場合であつても、ボールを大きく昇降させるようにした昇降機構に比べて、回転駆動手段を小型で安価なものとすることができる旨主張する。
しかし、実用新案登録請求の範囲からは、本願考案の回転駆動手段の具体的構成が特定されているわけではなく、種々の回転駆動手段を包含するものであつて、それが直ちに小型で安価であるとはいえず、また、回転駆動手段か揺動駆動手段かの違いによつて駆動手段が小型で安価であることの違いが生じるものとすることもできない。
更に、原告は、本願考案のレーザ加工時にボールがレーザ光線によつて損傷されるのを防止できるとか、レーザ加工時に溶融金属片が飛散されてもそれがボールに付着することを防止できるという作用効果の有無が相違点(一)に基づく作用効果の差異であるかの如き主張をするが、前述のとおり、引用例記載の考案においても、これをレーザ加工機に適用するにあたつては、レーザ光線の照射によりボールが損傷されること等を防止できるよう設計することは当然のことであり、何ら格別の作用効果ということができないのみならず、そもそも、その点は何ら相違点(一)に係る構成に関係するものではない。
2 取消事由(二)について
原告は、本願考案においては回転部材自体によりボールをレーザ光線の照射から遮蔽するものである旨主張するが、それは本願考案の構成要件ではない。
本願考案の実用新案登録請求の範囲には、「ボールが該回転部材によつてレーザ光線の照射から遮蔽される第二回転位置」との記載があるが、その回転部材がレーザ光線に対する遮蔽部材となるための要件であるボールに対する形状、寸法、配設位置等の限定が何もない。したがつて、回転部材が遮蔽部材となつて、ボールをレーザ光線の照射から遮蔽するものと限定して解釈すべき理由がないものである。
そして、「該回転部材によつて」とは、「該回転部材の回動作用によつて」という意味であり、遮蔽部材が何かは特定されていない。遮蔽部材が回転部材自体である態様も一態様として含まれるが、加工テーブルのフレームや支持部材等であつてもよい。要するに、ボールが回転部材の回動作用によつて、レーザ光線から遮蔽されさえすればよいのであり、そのような遮蔽の態様には、例えば、加工テーブルのフレームや支持部材等の下部に移動して、これらフレームや支持部材等が、ボールのレーザ光線に対する遮蔽部材となる遮蔽を含むと解釈すべきである。
したがつて、第二回転位置は特定されているものではなく、これが特定されているとして審決の相選点(二)に対する判断の誤りをいう原告の主張は理由がない。
3 取消事由(三)について
相違点(一)、(二)は単なる設計上の問題であることは前述のとおりであり、原告が主張する本願考案と引用例記載の考案との作用効果の差異は、単に、引用例記載の考案を、その考案の一実施例にすぎない引用例の図面に示されにものに限定した上での主張にすぎず、妥当ではない。
第四 証拠関係
証拠関係は、本件記録中の書証目録記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。
理由
第一 請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(本願考案の要旨)及び三(審決の理由の要点)は、当事者間に争いがない。
また、審決の引用例の記載事項、本願考案と引用例記載の考案との一致点及び相違点の認定は、当事者間に争いがない。
第二 そこで、原告主張の審決の取消事由について検討する。
一 本願考案について
成立に争いのない甲第二号証の一(実用新案登録願並びに添付の明細書及び図面等)、同号証の二(昭和六〇年一一月八日付手続補正書)及び同号証の三(昭和六一年五月二三日付手続補正書)によれば、本願考案の明細書に記載された本願考案の技術的課題(目的)、構成及び作用効果は次のようなものであると認めることができる。
1 技術的課題(目的)
本願考案は、レーザ加工機の加工テーブルに関し、その加工テーブル上に被加工物を容易に搬入し或いは搬出できるようにしたものである。
一般にレーザ加工機においては、加工テーブルに設けた格子状或いは針状の支持部材上に被加工物を搬入載置する作業が必要になるが、特に被加工物が大きなときにはその作業に大きな労力を要するという欠点があつた。
ところで、従来、プレスブレーキ等のテーブルにおいては、テーブルに昇降可能に昇降部材を設けるとともにその昇降部材にボールを設け、昇降部材を上昇させた際にはボールによつて容易に被加工物の搬入を行わせ、昇降部材を下降させた際には前記テーブルで被加工物を固定支持できるようにしたものが提案されている(昭和五六年年用新案出願公開第一二五二六号公報)。
しかしながら、そのような手段をレーザ加工機に用いた場合には、特にボールが被加工物に近接した直下位置に位置している場合には、レーザ加工時に被加工物を貫通したレーザ光線が前記ボールを損傷させ、ボールの円滑な回転が損なわれて被加工物の搬送が行えなくなることがある。
ところでレーザ加工においては、被加工物を貫通したレーザ光線が加工テーブル自体を損傷させることがないようにそのエネルギー密度を設定するのが通常であるので、前記ボールを被加工物から加工テーブルの底部程度まで十分に降下させるようにすれば、レーザ光線によるボールの損傷を防止することができるが、その場合には、ボールを比較的大きく昇降させる必要があるので、特に被加工物が重量物の場合にはその昇降機構が大型で高価になるという欠点があつた。
本願考案はこのような欠点に鑑み、小型で安価な機構により、レーザ加工時にボールがレーザ光線によつて損傷されることなく、長期間にわたつて確実に前記被加工物の搬入や搬出が容易に行えるようなレーザ加工機の加工テーブルを提供することを技術的課題(目的)とする(明細書一頁一二行ないし二頁九行、昭和六〇年一一月八日付手続補正書二頁一一行ないし三頁一八行、昭和六一年五月二三日付手続補正書二頁一〇行ないし三頁七行)。
2 構成
本願考案は、前項の技術的課題(目的)を解決するため、その要旨とする構成(実用新案登録請求の範囲)を採用した(昭和六〇年一一月八日付手続補正書別紙)。
3 作用効果
本願考案は、ボールを設けた回転部材を回転駆動手段で回転させるようにしているので、前記ボールによつて被加工物を容易に加工テーブル上に搬入することができるとともに、レーザ加工時にはそのボールがレーザ光線によつて損傷されるのを防止でき、更に被加工物が重量物の場合であつても、ボールを大きく昇降させるようにした昇降機構に比べて、前記回転駆動手段を小型で安価なものとすることができ、また、レーザ加工時に溶融金属片が飛散されてもそれがボールに付着することを防止できるので、その付着によりボールの回転が阻害されるといつた事態が発生することを防止できるという作用効果を奏する(昭和六一年五月二三日付手続補正書三頁一九行ないし四頁一二行)。
二 本願考案の技術内容について
本件においては、本願考案の実用新案登録請求の範囲のうち、「ボールが該回転部材によつてレーザ光線の照射から遮蔽される」とは、回転部材が遮蔽部材となつてボールをレーザ光線の照射から遮蔽するというもの(原告の主張)か、遮蔽部材の特定はなく、単に回転部材の回動作用によつてレーザ光線の照射が遮蔽される位置に回転移動されるというもの(被告の主張)か、その技術内容について争いがあり、この点が原告の主張する審決の取消事由の基本となつているので、まずこの点について検討する。
これについては、前掲甲第二号証の二によれば、本願考案の明細書の実用新案登録請求の範囲には「上記回転部材を、上記ボールが支持部材より上方に突出する第一回転位置と、上記ボールが支持部材より下方位置となり、かつそのボールが該回転部材によつてレーザ光線の照射から遮蔽される第二回転位置とに回転移動させる回転駆動手段」と配載されており、回転部材の回転によつてボールが第一回転位置と第二回転位置とに回転移動させられるものであることは明らかであるが、同じ回転部材の回動作用により回転移動される位置でありながら、その第一回転位置については、ボールが支持部材より上方に突出する位置ということのみで他に限定はないにもかかわらず、第二回転位置については、支持部材より下方位置となることの他「回転部材によつてレーザ光線の照射から遮蔽される」との限定が付されているのであるから、その「回転部材によつて」との文言は、回転部材の回動作用によることを意味するのではなく、回転部材自体によることを意味するものと解するのが通常の解釈であると認められる。
これに対して、被告は、その主張の根拠として、実用新案登録請求の範囲にに、回転部材がレーザ光線に対するボールの遮蔽部材となるための要件であるボールに対する形状、寸法、配設位置等の限定がないことを挙げる。
しかし、回転部材が遮蔽部材となつてボールがレーザ光線の照射から遮蔽されるという実用新案登録請求の範囲の記載のみで、本願考案の構成は、回転部材が回転してそれに設けられたボールが回転部材の陰に隠れ、それによつてボールへのレーザ光線の照射が遮けられるようにするものであることは容易に理解できるものであり、回転部材の形状、寸法、配設位置等は、それによつてボールが回転部材の陰に隠れてレーザ光線の照射が遮蔽されるものであればどのようなものでも差し支えなく、それらは、本願考案を実施するについての設計事項にすぎないものである。
三 取消事由(二)について
原告が審決の取消事由の基本に据える、審決の「ボールが該回転部材によつてレーザ光線の照射から遮蔽される」とする本願考案の構成についての技術内容の認定の誤りの主張に最も直截に関係するのは、取消事由(二)として主張する相違点(二)に対する判断の誤りの主張であると認められるので(相違点(一)はボールやボールキヤスタの移動手段の相違に係るものである。)、まずこの点について検討することとする。
審決は、相違点(二)に対する判断において、本願考案の第二の位置がレーザ光線から遮蔽される位置といつても、具体的にどの位置か構成上の限定はなく、レーザ光線が照射されると不都合が生じるのであれば、照射されない位置にボールを移動させればよいと説示しているが、これは、本訴における被告の主張からも明らかなとおり、本願考案の「ボールが該回転部材によつてレーザ光線の照射から遮蔽される」とする構成は、ボールが回転部材の回動作用によつてレーザ光線の照射が遮蔽される位置に回転移動される構成のものであることを前提としているものである。
しかし、この点は前二で検討したとおり、本願考案においては、遮蔽部材は回転部材に限定され(したがつて、被告が例示するような、フレーム、支持部材等がボールのレーザ光線の照射を遮蔽する態様を含まない。)、この回転部材自体が遮蔽物となつてボールへのレーザ光線の照射を遮蔽するものであり、本願考案の実用新案登録請求の範囲の「ボールが支持部材より下方位置となり、かつそのボールが該回転部材によつてレーザ光線の照射から遮蔽される第二回転位置」でいう第二回転位置は、支持部材より下方で、遮蔽部材たる回転部材の陰に隠れる位置(これはレーザ光線が照射される側と反対側になること当然である。)をいうことは当業者が容易に理解することができるものである。
その第二回転位置は、特定された一点である必要はない。前掲甲第二号証の一及び二によれば、本願考案の明細書には「回転部材(3)を上記回転角度位置から一八〇度回転させてボール(4)を下方に向けた際には、(略)上記ボールは回転部材(3)によつてレーザ光線の照射から遮蔽されているので、レーザ光線による損傷が防止される。」(明細書三頁一一行ないし一七行、昭和六〇年一一月八日付手続補正書四頁一行ないし四行)と記載されており、第二回転位置として、回転部材の鉛直下方の位置が示されていることを認めることができるが、その一点に限定されるものではなく、回転部材により遮蔽される位置であれば差し支えない。
このように、本願考案における第二回転位置は特定された一点である必要はなく、そのうちどの位置を具体的に選択すべきかは当業者の設計事項として残されているが、このことは、決して審決が説示するように、本願考案においては第二の位置(第二回転位置)の構成上の限定がなく、レーザ光線の照射を受けない位置であればどの位置でもよいとするものではない。
レーザ光線による加工をする場合において被加工物を搬送するボールがレーザ光線の照射を受けて損傷される恐れがあれば、ボールを加工時にレーザ光線の照射を受けない位置に移動させる等の処置を誤ずべきことは、当業者がごく当たり前に想到することではあるが、その方法として、ボールを回転部材に設けておき、その回転部材を回転させて回転部材を遮蔽物としてレーザ光線の照射から遮蔽させ(即ち、回転部材にボールを枢設する部材としての機能とレーザ光線の遮蔽部材としての機能の双方を果たさせる。)、この構成によつて、レーザ加工時に、ボールがレーザ光線の照射によつて損傷されるのを防止するとともに、溶融金属片が飛散してもそれがボールに付着してボールの回転が阻害されるのを防止するという作用効果を奏させるということは、一つの考案たり得るというべきであり、審決は、本願考案の前記構成の技術内容を正確に把握した上、その構成の想到の容易性を判断すべきであつたにもかかわらず、その構成の技術内容の認定を誤り、直ちに相違点(二)を設計上の問題にすぎないと判断して、本願考案の進歩性を否定したもので、違法である。
三 以上によれば、その余の取消事由について判断するまでもなく、審決は違法として取消しを免れない。
第三 よつて、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は理由があるから、これを認容し、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条の規定を各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 成田喜達 裁判官 佐藤修市)
別紙図面一
<省略>